備忘録82 「命の値段、そして、発がんリスクの認識」

82.-2011.03.03「命の値段、そして、発がんリスクの認識」

 米国環境保護庁が人の健康に対する便益の推定方法を変える提案(2010年12月)をしたという記事の紹介です(C&EN, 89[6] p. 23-24 (2011.2.7)に基づいています)。

 規制を課す場合、規制を満たすために必要なコストと、それによる人健康上の便益をEPAの経済学者が推定する。EPAは、批判のあった「統計学的な人の命の金銭価値、Value of a statistical life(VoSL)」という用語を変える提案をした。VoSLは元々8百万ドルと見積もられていたが、Bush政権が70歳以上について低くしようして、批判を浴び、最終的に全米国人について7百万ドルに減らした。2009年、オバマ政権は7.9百万ドルに上方修正したという経緯がある。

 VoSLは多くの人の僅かずつのリスク低減を集めて、統計的に一生に相当する値を求めたものであるが、一人の人の命の価値と間違って理解されやすい。そこで、新しい用語として、「死亡リスク削減の価値、Value of mortality risk reduction」を提案している。この用語の方が、環境規制の費用で、健康リスク削減を買っているということが理解しやすい、という主張だ。確かにそういった側面はありそうだが、何かが変わったわけでもない。

 そして、EPAによるもう一つの変更提案は、発がん物質の規制による金銭的な便益の推定方法を変えること。すなわち、市民は、他の原因よりがんで死ぬことを避けるためにより多くのお金を払う用意があるので、それを計算に取り込もうというのである。すなわち「Cancer premium(がん割り増し)」である。これを導入すれば、より健康リスク削減の便益が大きく計算され、規制も厳しくできると言うことらしい。

 なんと、これは科学的なリスクの大きさの代わりに、人が認識するリスクの大きさを取り入れようという提案ではないか。確かに、金銭価値の直す場合には、科学というより人々の価値判断が入り込むことは避けられないのだが、同じ死亡として統一できるところに価値判断を持ち込む意味はあるのだろうか?

 EPAのScience Advisory Board(科学委員会)では、最初の用語の変更には賛成意見が、がん割り増しについては疑問視する意見が多かったのだそうだ。